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一貫してタックス・ローヤーとしてのキャリアを歩む
国税審判官を経て“訟務税理士”としてパワーアップ

2014.10.08

朴木直子 税理士インタビュー

キャストコンサルティングの朴木直子は、これまで一貫してタックス・ローヤーとしてのキャリアパスを歩んできた、中国税務に精通する異色の税理士だ。 2014年7月、国税不服審判所での国税審判官の3年間の任期を終え、キャストグループに戻った。 この3年間、これまでの経験をフル活用し、公務にまい進してきた。 今後は審判官の経験を生かすべく、税務争訟へ積極的に関わっていく考えだ。 国税審判官を経て、唯一無二のキャリアにいっそう磨きをかけ、“訟務税理士”としてパワーアップした朴木の今後の活躍から目が離せない。

国税不服審判所の国税審判官から帰任

2014年7月、朴木直子は東京国税不服審判所での国税審判官の3年間の任期を終え、キャストグループに戻った。「国税審判官の仕事は、私にとても合っていました。充実した3年間となり、自分のキャリアの中でも忘れられないものになりそうです」とほほ笑む。

朴木が勤めた国税不服審判所は、国税庁に所属する「特別の機関」で、国税の賦課徴収(*税金について相談に応じたり、正しく税金が納められているかを調べたりして税金を集めること)を行う税務署や国税局が下した課税処分に係る審査請求について裁決を行う行政機関だ。また、同所に所属する国税審判官は、審査請求事件(*原処分の適法性について調査・審理・合議を経て判断を導く手続き)の処理に従事する官職である。

国税審判官は以前、主に国税庁の職員が務めていたが、11年の国の税制改正大網の中で、審査の中立性・公平性を向上させることを目的に外部人材登用を拡大する方向性が示され、その年の7月から民間人材の本格採用を開始した。

朴木は11年7月に任官した「本格採用第一期生」だ。国税審判官の外部人材登用について、募集の締め切り間近に税理士会の会報誌で知った朴木は、「私以上の適任者はいない」とキャストグループCEOの村尾龍雄に直談判。村尾は任期を終えた後に戻ってくることを条件に許可し、出向が決まった。

弁護士と会計士の仲立ちとして奮闘

朴木直子 税理士インタビュー

朴木が国税審判官に自分が適任と考えたのは、これまで一貫して税務の専門家(タックス・アカウンタント)というよりも、むしろ税法の専門家(タックス・ローヤー)としての経験を積んできた税理士であるというそのキャリアと関係している。ここで、朴木のこれまでの歩みを振り返ってみたい。

横浜国立大学大学院の国際経済法学研究科修士課程で租税法を修めた朴木は、同大学院修了後、北京での語学研修を経て北京大学法学大学院に研究生(進修生)として2年間留学。留学期間を終える直前には中国系の大手渉外法律事務所においてエクスターンシップを経験した。そこで知り合った日本の弁護士の誘いを受け、帰国後東京の大手渉外法律事務所に所属。その後、税理士登録を経て、05年にキャストに参画した。

法律事務所で中国案件を扱う税理士として活躍してきた朴木は、キャストにおいても法律チームへ配属されるものとばかり思っていたが、村尾から与えられた任務は法律チームと会計チームの仲立ちだった。「入社すぐに大任を与えられました」と朴木は振り返る。

キャストの組織は、大きく法律チームと会計チームに分かれ、弁護士、会計士、税理士、コンサルタントの各専門家が活躍し、法務、会計、税務、マーケティングなどのサービスをワンストップで提供している。こうしたビジネスモデルのコンサルティングファームは、日本では非常に珍しい。その理由のひとつは、共通言語の違う専門家が協働することの難しさにあるだろう。朴木はいう。「弁護士の共通言語は文字で、会計士の共通言語は数字です。言語が違うと議論しても分かり合うことはありません。たとえば、ある取り引きについての課税関係を検討するとき、弁護士は契約書を見て契約の法的性質を検討します。一方会計士は、仕訳はどうなっているのかとか、支払い金額はどのような要素から決められているのかに着眼します。そうなると、弁護士は会計士をみて、なぜそんな法的に意味のないことを検討するのだとなり、会計士は、なぜ弁護士は会計処理上の取扱いを無視するのだ、となるのです」。

当時、朴木は上海拠点と東京拠点を往復しながらクライアントにサービスを提供しつつ、両チームの仲立ちに傾注した。時には会計士や弁護士の同僚とぶつかることもいとわず、孤立することもあった。「当時はつらいとか、大変だとは感じなかった」というが、入社したばかりの新人が担当するには、荷が重い役割だったようだ。

「後になって気付いたのは、共通言語が違う者同士が協働する難しさはキャスト内部に限ったことではないということでした。村尾の期待に応える役割が果たせたのかどうかは分かりませんが、“仲立ち”の経験はその後、いろいろな場面で役に立ちました。もちろん、国税不服審判所でも活かすことができました」(朴木)

好評だった個人所得税自主納税申告セミナー

一方で朴木は、中国税務に通じた税理士としての経験値を順調に積んでいった。

「当時のメインの仕事は、日系企業の中国におけるM&A(合併・買収)のデューデリジェンスでした。増値税コストのコントロールなど、日中間貿易、中国展開における課税関係のご相談に応じることも多かったです」

この頃の忘れられない案件が、個人所得税の自主納税申告だ。06年11月6日、中国で「個人所得税自主納税申告弁法(試行)」が公布された。年間一定額以上の所得がある者を対象に個人所得税の確定申告を義務付けるもので、朴木は日系企業にも大きな影響があると考え、同法の規定と実務の扱いを情報発信するセミナーを上海で企画した。

セミナーの企画から告知、実施まで、わずか1カ月強とタイトなスケジュールだったが、その間、朴木は官公庁へのヒアリングや配布資料のアップデート、発表される細則の分析などを続けた。そして迎えた12月22日のセミナーには、日系企業の関係者約100人が参加。同法の詳細や認識不足による追徴、罰金、延滞税などの課税リスクを極小化するための注意点を解説し、好評を得た。

「まったく新しい制度で、はっきりしたことが分からない中、それでも情報収集に努め、経験則から導けるものを示したことが、参加者の皆さんから評価されました。思い切って挑戦してよかったと思いました」

また同セミナーで、年に一度の駐在員の確定申告を内部監査の一環としてキャストに外注する提案をしたところ、複数の企業から申し込みがあった。

このサービスはその後定着し、いまでも提供を続けている。同セミナーはキャストにとって、新しい法令が施行された際、セミナーを開催し、新しい仕事につなげていくビジネスモデルの先駆けとなった。

「出向者のPE認定」について情報発信

08年、朴木はキャストの香港拠点、キャストインベストメント香港有限公司の総経理に就任した。就任当初は、香港のタックスフリーを活かした日中間貿易における商流構築や、再編案件などの仕事を順調にこなしていった。ところが、同年秋にリーマンショックに端を発した世界同時金融危機が発生、金融センターである香港は大きな打撃を受け、キャストの香港拠点もその影響を免れることはできなかった。「買収案件など進行中だった複数のプロジェクトが中止になり、新規案件もなくなりました」と朴木は振り返る。

ところで、香港駐在は朴木にとって初めての海外駐在生活だったが、香港での生活を満喫することはなかった。

「いま思うと非常にもったいないことをしたなと思いますが、仕事漬けの毎日で、自宅と職場の往復で終わってしまいました。いつも自宅に戻るのは深夜で、部屋の窓から見えるビクトリアハーバーの夜景がとてもきれいだったことが印象に残っています」

香港駐在の最後の1年は、香港拠点と東京拠点を往復する生活を送った。この頃、朴木が腐心したのが、「出向者のPE認定」についての情報発信だった。当時、中国子会社への出向者について、出向元の日本親会社の恒久的施設(PE)認定がなされるとの“取り締まり”が中国の一部地域で行われ、独自ともいえるPE認定、PE課税が相次いだ。

「“第一報”は、東京で訪問したクライアント先での税務担当者の方からの質問でした。耳を疑いましたが、すぐに別のクライアントからも同様の問い合わせがあったのです。今にして思えば中国が最近よく言う『新興国による新たなグローバルスタンダード』の一端を見せつけられた、そんなインパクトがありました。そこで、私はインターネット上でこの情報を発信していくことにしたのです」

09年11月、朴木はキャストのホームページに「朴木直子の中国税務★業務日誌」を立ち上げ、ブログ形式での情報発信を始めた。これを機に日系企業の中国税務関係者の間で、「出向者のPE認定」問題へ注目が一気に高まったという。

その翌月にはメガバンクのアドバイザリー部門の助力を得て、セミナー「日中間の技術援助に関するPE認定に伴う対策とその問題点」を大阪、名古屋、東京の3都市で開催。PE認定の要件および効果の解説やPE認定への対策、PE認定を前提としつつ、それに伴う課税範囲を制限するケースについての解説を行った。

「時宜を得た内容が好評で、東京会場には最多の150人が集まりました。どの会場も熱気に包まれ、質疑応答の時間にはたくさんの質問をいただきました」

国税審判官任官で“天職”と出会う

朴木直子 税理士インタビュー

冒頭で紹介したように、朴木は11年 7月、東京国税不服審判所の国税審判官に任官した。自分こそ適任だ、との直感は当たり、朴木は国税不服審判所で国税職員や裁判官、検察官と協働しながら、水を得た魚のように活躍する。まさに天職を得たようだった。

「当初は、法律事務所やコンサル会社で自由気ままに仕事をしてきた自分が、官庁での仕事にすぐに馴染めるか心配もしましたが、周囲の方々のご配慮に恵まれ、3年の任期が終わる頃には東京国税不服審判所の九段本庁で一番大きな顔をしていました」

朴木が国税審判官を志したのは、税理士としてこれまで一貫して法律事務所に所属してきたことから、争訟が得意分野であったことがある。実際、任官の少し前に、中国事業からの撤退に伴う負担金の損金算入可否が争いになった審査請求事件に関与し、原処分取り消しの裁決を得ており、これを機に「判断する立場」で争訟へ関与することに強い興味を持ったことも動機の1つだという。さらに、学生時代に政府奨学金を受けて中国に交換留学する機会を得たことから、国に対していつか恩返しをしたいと考えていたこともあった。

朴木が任官した3年間は、政権交代が行われ、行政不服審査法や国税不服審査制度の改正が検討されるなど、大きな環境変化の中で審判所改革が進められた。こうした中、朴木は国際課税の専門部門で国税局調査部の扱う国際大型案件に携わったほか、資産課税の専門部門では資産評価事案を扱うなど幅広く研鑽を積んだ。

「任官してすぐに受けた研修の中で、講師の方が『国税審判官は審判所でじっと席を温めていてはダメ。遠山の金さんの如く市中に出回るべし』とお話をされました。要は、積極的に職権探知・職権調査をしなさい、ということなのですが、私はそれを常に心がけ、職務にまい進しました。また、日々の審理や記録の検討に際しては、何を学び取れるかできるだけ興味を持って臨むことを心がけました。そのおかげで、多くの取り引き実例から課税実務を学ぶことができました」

税務争訟に積極的に関わっていきたい

朴木は、国税審判官の3年間の任期を経て、税務当局の実務感覚や思考について学ぶことができたという。今後はこれがあらゆる税務上の判断をする際に役立っていきそうだ。

「審判官の経験をより活かすために、税務争訟に積極的に関わっていきたいです。また、争訟になる前の行政指導や調査の段階から関与することで、クライアントの課税関係を早期に安定させることができるよう貢献したいと考えています」

12年に国税通則法が改正された影響もあり、当面、課税処分の数は減少し、税務争訟の案件が増加していくことはないというのが大勢の見方だ。もっとも、世界的なグローバル企業の国際的取り引きにおける租税回避の問題に焦点が当たっており、こうした取り引きの日本国内における課税についての争訟は増えていく可能性がある。

朴木は「国際的取り引きは国内法だけでなく、租税条約も絡んでくるため、より複雑な対応が求められる。グローバルにビジネスを展開するクライアントには、どういう課税関係になるのかを正確に、分かりやすく説明することに努めていきたい。また、万が一課税当局と見解の相違が生じた場合には、課税当局にクライアントの処理を理解してもらえるよう、専門家としての力を発揮していきたい」と話している。

近年、日本の税理士の世界では「税理士よ、法律家であれ」ということが言われている。きっかけのひとつには、2001年に税理士法が改正され、税理士に出廷陳述権(*税務訴訟における租税法に関する主張・立証活動)が付与され、税理士の法律家としての地位が確立されたことがある。しかし現状では、法律家としての能力を備えている税理士は極めて少数派だ。朴木はこれまで一貫して法律事務所に所属し、法律家としての能力を備えたタックス・ローヤーあるいは“訟務税理士”と呼べる存在である。国税審判官の任官を経て、唯一無二のキャリアにいっそうの磨きをかけ、パワーアップした彼女の今後の活躍から目が離せない。

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